袖触れ合うも多生の縁139 ~伝える! 伝わる! 伝えたい!~

明日はわが母校野球部のOB総会です。
ここ数年、ずっと出席していますがなかなか面白いですよ。

わが校は中高併設で、私達の頃の野球部は中高が一緒に練習していました。ですから、私も中学から硬球でプレイしていて、入部した時、高3と言えばえらいおっさんに見えたました。今は規則で中高は別々に練習しないといけないそうですが、私は中高一緒で良かったと思っています。5学年上の人と練習や試合やオフで触れ合い色んな事を学べましたからね。

処で、OB会では私より10年以上先輩も、10年下どころか孫の世代の後輩も来ていますから、そんな上下の人達と喋ると色んな事が感じられて、物書きとしては興味津々です。
野球部は当然体育会ですから、所謂体育会系という上下関係があり、卒業して50年以上経た今も上下関係が甦るのです。一年でも下なら「○○!」と名前を呼び捨てにしますし、先輩風をふかす人も多々いるんですよね。
その先輩風のふかし方も、その人の置かれている状況により変わるみたいで、前年迄そんなに偉そぶることの無かった人が、会社のエライさんだったけれど退職した途端に上級生風吹かせたりする事もあるようです。(無意識でしょうが、何処かはけ口が欲しいんでしょうかね)

私は上の人も下の人も「○○さん」とさん付けで呼んでいます。相当歳が離れていて、さん付けだと相手が恐縮するようなら、「○○君」と呼ぶようにしています。それは何故かというと、一緒にプレイした年数より部活を卒業した後の人生の方が遙かに長く、その部活の後に培われたものに触れたいから・・・だと思います。

それと、私の劇作の師匠である故香村菊雄先生のお人柄に触れた為なのです。
といいますのは、私がまだ20歳代の頃、梅田コマ劇場のロビーで香村先生と立ち話をしていると、先生と昵懇の佐藤勉さんと仰る東宝の大プロデューサーが近寄って来られ、先生は私を佐藤さんにご紹介下さったのです。「原君は、私が面倒見てる人で・・・」とご紹介されるかと思いきや、「原さんは歳の離れた私の友人です。(先生は私の父親と同年配です)」と仰ったのです。香村先生は、若い人の面倒を色々見てるとか、弟子が仰山おるんやとか、そんな格好をつけることが皆無なお人柄でした。そんな香村先生のお人柄がずっと心に残っているので、OB会でも後輩に接する時は、歳の離れた友人と語り合うように心がけているのです。

そんな私のOB会での振る舞いはさておき、大分前にブログで香村先生のお人柄についてこの一件を書いた事があるのですが、すると香村先生のご次男の方から「プログを拝見しました。今年は父の13回忌で、生前の親爺の一端に触れることが出来てとても嬉しかったです。」とのメールを頂戴しました。<袖擦り合うも他生の縁>とタイトルしたブログで、香村先生のご子息とも袖擦り合えたのです。

あ、私は今、<袖擦り合うも他生の縁>と書きましたが、この諺を調べてみると、<袖擦り合う>でなく<袖振り合う>とか<袖触れ合う>、或いは<他生の>でなく<多生の>とか、色々バリエーションがあるようです。私は<袖擦り合うは他生の縁>と記憶していたのですが、<他生>とは今生ではなく転生した以前の生との意味ですが、<多生>とは仏教用語で何回もの転生した生との意です。そして<多生>の方が正しいとされているようです。という訳で、今回から私のブログのタイトルを<袖触れ合うも多生の縁>と改めさせて頂きます。

そうそう、初音ミク(クリプトン・フューチャー・メディアから発売されている音声合成ディスクトップミュージックとその女性バーチャルアトイドルキャラクター)の<袖触れ合うも他生の縁>という曲があるんですが、その内聞いてみようと思います。
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皆さんはお聞きになったこと、ありますか???
ではでは又来週、袖触れ合いましょう。

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